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美空ひばりが「東京ブギウギ」でデビュー、古橋選手が400m自由形で世界新、石坂洋次郎「青い山脈」が新聞掲載。この年、昭和22年〔1947〕に教育基本法が公布された。すでに60年が経過していることになる。本日、その教育基本法改正案が特別委員会で、反対の野党欠席の場合は与党単独可決もあると新聞は報じている。
確かに60年間で社会情勢は大きく変化している。その変化に対応した改正は必要であろう。具体的には、家庭教育と地域の連携、生涯教育、大学制度等があげられる。だが、今回の改訂での問題点となっている愛国心の表現のしかたなどは果たしてそれほど議論する価値があるであろうか。〔それにしてもタウンミーティングでのやらせ発言などあまりにも国民を愚弄した話であるが・・〕第一、ほんとうに今の日本国民に特に愛国心の欠如が見られるであろうか。私はそうは思わない。万が一日本国が危機に遭遇したときには一命を賭して戦う気概はほとんどの人が持っているに違いない。また、入学式などで国旗に敬礼しない、国歌を歌わないなどは、かつてのほんの一部の教員の例にすぎない。小中の義務教育の現場ではそのような例はほとんどなかったのだ。
むしろ、国が教育に必要以上に関与することは、いい結果をもたらさないことが多いように思われる。
かつて、40年ほど前に、文部省は道徳教育の指導の時間〔週1時〕を特設した。〔愛国心・郷土愛の内容項も含む〕青少年の道徳心の涵養を目的としたものであった。しかし、その後、子どもの校内暴力や陰湿にいじめが増加の一途をたどった。文部省は道徳教育の一層の充実を通達し現場では道徳教育の研究会などが盛んに行われた。学校現場は研究発表会に向けての準備に膨大な時間を奪われ子どもと接する時間も少なくなった。道徳に限らず文部省指定、県指定、町村指定の研究会等は総じて子どものためにはならず、むしろ現場を多忙にして真の教育を損なった面が多いというのが実態である。
勿論、それは学校がしっかりとした主体性を持ち得なかったということにも原因がある。たとえば、昭和40年代に文部省は、学校における授業時間の過密ダイヤ化を憂慮し2時間目と3時間目の休みの時間を20分ほどとるように指導した。ところが、全国校長会から、どのようにその時間を利用するか実践例を示してほしいという要望があり、ある学校が業間体育〔全校で縄跳びなどをする〕の実践例の発表会をしたことが元で全国の学校に業間体育が広まった。結果的には、子どもの学校生活をいよいよ過密になったのみならず、汗だくだくという姿で3時間目に臨み学習の開始が遅れるという事態を招いた。
また、現在見直しが叫ばれている総合的な学習も、完全週休5日制への移行の中で如何に時数確保するかという課題に必死に取り組んでいる最中、指導要領改訂で示された学習であった。総合的学習の目的は、自らの課題をもって調べ考えることの喜びと力を身につけることにある。総合的学習は準備と学習の場での手数が多くかかるため、教師達は、指導要領改訂前から実施に向けて研究に多くの時間を費やしてきた。そしてようやく方向が見えてきた頃に、学力低下が大きな社会問題となり、総合的学習は学力低下を加速するものと批判の的になって議論がおこなわれている。だが、何より不可解はその議論は政治家や批評家や学者などで行われ学校現場の教師の参加が非常に少ないことだ。現場で実際に子どもの指導に当たっている一般の教師は総合学習や学力低下についてどのように考えているのかがよく見えてこないということである。管理職ではない一般の教師たちの声は果たしてどれほど集約されて議論に反映されているのであろうか。
教育基本法の改正はあってよいが先に述べたように、家庭や地域が子どもの教育に主体的に取り組める環境づくりや大学制度改革や生涯教育などにポイントがおかれるべきではないか。子どもの教育で学校が出来ることには限界があることをもっと理解すべきである。子どもの育成は、家庭環境と社会環境にその多くを負うものである。そのことを蔑ろにして何でも学校教育に指導要領改訂等で期待することはしてはならない。勿論、教育現場に指導実践を妨げる雑務を上から持ち込むことは厳しく慎むべきことであろう。

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【2006/11/15 17:42】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
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コメント
家庭や地域教育の大切さ、学校現場における一般教師の参加が少ないなど、私もあなたのご意見に全く同感です。最近では、文部科学省で決められたカリキュラムの未履修問題で学校現場も大変なことになっているようですが、江戸時代の寺子屋や藩校は、誰かが決めたことを先生が教えるのではなく、子どもたち一人ひとりの自学を先生がサポートしていたそうですね。しかも、地域と先生の協力体制ができていて、先生が子どもを叱ると、後で、両親や地域のお年寄りが、子どもを先生のところへ連れてきて「ごめんなさい」と先生に誤りに行ったそうです。子どもは、自分のために親や近所のお年よりに申し訳ないとおもって反省するとのこと。
未履修の問題は、決められたことを勉強しなかったことが問題とされています。マスコミもそのことしかコメントしないことを残念に思います。何を何時間勉強するのかは、ある程度は、現場の先生や子どもたちや家族が相談して自由に決められてもいいのではないでしょうか?私は、学生当時には大嫌いであった歴史や書、古典、絵画などが、今では逆で、非常に関心を持つようになり、最近、自分で勉強をし始めました。58歳になって、勉強したいことを勉強できることに喜びを感じています。子どもたちにも、何歳になっても、勉強できるようにしてあげることが大切です。
私は、教育関係の仕事をしていないので、学校現場のことはよくわかりませんが、自分の子どもの頃を思い出し、いつも興味深く楽しみに拝見しているブログ「いぽ組」の先生の素晴らしさ、それに応える子どもたちや母親たちの素晴らしい関係に感動しています。おっしゃるとおり新しい教育の潮流ですね。
ブログで拝見するいぽ先生の姿をみると、教員の免許更新制度の導入や教育基本法、国を愛する云々の国会での与野党の議論は、子どものいない寂しい議論で退屈です。
全国に同じように多くいる「いぽ先生」にこれからも頑張ってもらいたいものです。
【2006/11/16 21:52】 URL | 団塊世代 #-[ 編集]
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