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現代の脳科学は脳と心との関係の解明をめざしているのであろうが、心というものをどう捉えているのだろうか。また、心と精神をどのように区別するのであろうか。どうやら、我々には理解できない科学理論を展開して、索漠たる世界を構築して見せようとしているようにも思える。
各地に大雨をもたらした秋雨前線が去り、ようやく秋の日差しとさわやかな微風が戻ってきた。今、自分はその中に心身を浸している。この瞬間に、自分が全身で感じている世界、それに感動している自分、これこそ真実の世界と自分なのだ。
burogu20061007.jpg

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【2006/10/07 09:50】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
この風景の前に来るとなぜか足が止まります。コメントを迷っている内に随分時が経ちました。「この瞬間に~これこそ真実の世界と自分なのだ」・・・この場所(足場)から観た今(時)こそが[絶対の現在]のように思えてしまうのですがこれとは又違うものでしょうか?[時][過去現在未来]を固定観念から離れて観ると、絶対の現在とは・・・やっぱりここに記されている「世界」へ辿り着いてしまいます。うすれる記憶の鍛錬の為にも蝶になれなくても蝶に近づけたらいいなぁ、という目的を持ちたいと欲が出てきたようです(笑い)。こっぺつなこと言うようで、コメント迷っていましたが、故郷のよしみということでお許しいただければ幸いです、失礼いたしました。
【2007/12/09 20:34】 URL | のふぐり #-[ 編集]
コメント有り難うございました。
私の書き込む思考断片のようなものは、日常の生活のなかで、ふと、感じたことを書いたものに過ぎません。思考というより、川柳や俳句のようなものです。短歌の心得があればきっと短歌を書き綴っていたと思います。構えて思索するというようなことは自分の性に合いませんし、それだけの能力も持ち合わせていません。どちらかというと、自分はどうも人間の論理ではなく人間の感性の方を信じて生きて来たように思います。逆のようですが、私は論理はどうもうさんくさいもののように思います。のみならず、論理は哲学の世界でも、すでに行き詰まっているようにも思います。このことは個人についても同様です。今、自分が毎朝、読んでいる正信偈に「横超」という言葉があります。何故かこの言葉にひかれます。独断的な解釈かも知れませんが・・・只、先へ先へと突き進むのではなく、ある時点で横跳びをして、あなたが言われる立場〔足場〕を変えることがどうしても必要なような気がします。このことは、日常生活の細かなことの中でも、人生全体の中でも、哲学界でも通用するように思います。
今日は、これくらいにします。今、動植物の草の解説文〔打ちっ放しのもの〕の見直しをしています。これから、木、昆虫、と冬中に見直しを一通り終える予定です。御指導ください。
【2007/12/11 19:47】 URL | kounit #-[ 編集]
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幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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