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七十にもなると「一生百歳の一日は一度失わん再び得ることなからん」の道元の言葉が実感できる。 石黒にて秋の陽光の中で冬囲い作業中に感じたこと。
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【2007/11/03 20:23】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
一変して冬景色の今日は石黒もどっさり積もった事と思います。
新居の方も落ち着かれたでしょうか?!冬季間も石黒へは時々行かれるのでしょうねぇ・・・。

歳を重ねると暑さも寒さも身にこたえ、気持ちに体が追いつかず体力の衰えを実感せずにはいられません。
親族や親友を身近に見送るとつい「何を考え何を想いながら・・・」などと思ってしまいます。

本格的な冬に向かい「命あればこそ・・・」無理をせずに、ささやかな楽しみ(ミシンや編み物)などを友にしながら寒い冬を乗り越えたいと思います。

昭和の年表を時々見ますけど色んな事が解り易くとてもありがたく大変重宝しております。

色々ある中でも「死」は避けて通れない意味深いことで正直とても興味があります。かと言って論ずる力もありませんが、角度や足場で多様な観方、論じ方があるような気がして・・・・時代的にも奥深くなっているような気がします。

【2007/11/22 22:45】 URL | のふぐり #-[ 編集]
のふぐりさん、お晩です。

今日は下石黒の道普請でした。〔雪については、今日の「石黒便り」でお伝えしたとおりです。〕10時頃まではミゾレでしたが、昼前から曇りとなりました。何とか、午前中で作業を終えました。限界集落ともなると道普請、とくに秋は大変です。

さて、帰宅後、先刻6時までのNHKの「外国人修行僧達の日々」を興味深く観ていました。その中で、1人の修行僧が師に「座禅中は雑念を押さえて集中できるが終わると雑念に悩まされるがどうしたらよいか」という質問をしたのに対し、師は作務にも集中するよう諭されたいました。

そのうち、この修行僧は「作務のときには集中できるが普段の日常では・・・・」と質問するかも知れません。その時師が、どのように諭すか分かるような気がします。

70歳に手が届き、頭では人生で大切なことはかなり分かってきたような気がしますが、実行できません。白隠禅師の「動の静に勝ること数億倍」もこの辺のことを示唆した言葉かも知れません。

自分は、「黄昏にて」ではなく、「日没の中にて」の、〔あなたのおっしゃる〕角度・足場からの考え方の必要な年令に達したように思います。

いずれにせよ、人生の終末がはっきりと見えるようになりました。しかし、私は「死は忘れてはならない事だが考える事ではない」というのが動かぬ持論です。

くだらないことを書きました。失礼します。 




【2007/11/23 19:57】 URL | kounit #-[ 編集]
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幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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