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今日も終日、家具の移動。
二階の天袋から新卒で栃尾市の山奥の分校に赴任した時のアルバムが出てきた。写真を見ていると46年前のことが昨日のように思い出される。3.4年生11人の子どもの名前を1人残らす即座に言うことが出来た。その子の家の屋号も忘れていなかった。物忘れのはげしいこの頃、不思議なくらいである。
その分校は海抜500近い集落で4月1日に赴任したときに未だ3m近い残雪があった。〔写真〕しかし、それだけに春はすばらしかった。教室の窓から真っ白な八海山が6月まで眺められた。村の南にそびえる倉と呼ばれる山は分校から30分ほどで上れた。子ども達を連れてよく上った。〔写真〕とくに春のころは土日にも子ども達を誘って上った。頂上からの眺望は素晴らしかった。
ある日曜日、朝早くから子ども達を連れて上り、堅くしまった残雪を踏んで尾根つたいに6㎞余も歩いた。途中で弁当を食べたが、自炊をしていた自分は弁当を持参しなかったので子ども達が残したご飯とおかずを集めて総て食べたことを忘れない。
子どもは遙かかなたに見える桃源郷のような美しい景色を目指して歩くのだが到着してみると他愛のない所であって、そこからまた1.2㎞先に美しい景色が眺められる。自分が子ども時代に故郷で経験したことを子ども達と再経験することが、また楽しかった。
夏には集落から種須原〔中越地震で被害を受けた山古志村の一集落〕まで下りて川遊びをした。沢に近い上流からの川伝いにくだり、種須原集落に入ると泳げるほど川幅になる。川のない村に育った子ども達は川で遊ぶことを非常の喜んだ。
当時の思い出を、このまま書いていけば一晩や二晩では終わらないであろう。ともあれ、自分の36年間の勤務の中で、ここの分校の記憶はずば抜けて鮮明である。最初の赴任校が一番印象深いとはよく言われるが、今日、そのことを確認できた。
あの子ども達はどうしていることであろうか。みんな元気であろうか。指折り数えれば、もうすぐ還暦を迎える歳である。
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【2007/03/18 19:49】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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