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ブログとは楽しいものである。
このような山奥に暮らしていても色々な考えを持った人と出会い、その人の考え方を知り自分の考えも聞いてもらうこともできる。
今、愛読しているブログの一つに、哲学の未来について現代の脳科学の視点から独特な考え方を開陳したものがある。私には理解が及ばない所もあるが面白い。今日も、失礼ながら、頭の体操のつもりで次のような投稿をした。

いつもながら興味深く拝読しております。
確かに人間の「心」とか「幸福」などと呼ばれるものは、目の前の地上に石ころが存在すると同様な存在の仕方では存在しないと言っていいでしょう。しかし、あなたが言われる、存在、認識、思考、欲望、意思、意識などが存在しないとしたら、人類の文化は生まれず、地上の石も「昆虫にとっての石の存在の在り方」を越える事はなかったと思います。だが、思考や認識の能力を駆使して人間は、科学的にその物質を分析して「石」というものの科学的な概念を得ることができたのです。
のみならず、人間は、その石を単なる物質としての石と認識するに留まらず、たとえば庭石としての石には精神的な存在として対峙する能力〔感性〕も身につけてきました。
あなたが「錯覚」と名付けられたものを排除した物質の認識というものは、人間という基本的なベースを度外視したいわば「機械の眼〔認識〕」に過ぎないことになるのではないでしょうか。
私は、その「機械の眼の認識」さえも絶対的なものではないと思います。人類の科学というものはヒト流の科学であり、他の惑星の高等生物は全く違った流儀で科学を発展させているかも知れません。いずれにせよ、我々ヒトが、いかなる時代になろうとも、この世のすべてを解明できるなどという不遜なる考えはもつべきではないことは確かなことだと信じます。
また、楽しみにして読ましてもらいます。
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【2007/03/06 13:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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