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最近のブログに教育現場を伝えるものが多い。その多くは小中学校の教員のものだ。こういうものを見ると懐かしい気がしてつい見入ってしまう。今朝もそうしたブログの一つを読んで投稿までした。その時、久しぶりに本棚の奥から取り出した昔の「指導ノート」に読みいってしまった。1972.10.6〔金〕曇り の日付から35年ほど前自分が35歳のころのものだ。

○ 朝、教室の二つの花瓶に美しいコスモスの花が生けてある。「誰が持ってきてくれたの」とたずねたが返答なし。重ねてたずねると、近藤和子という子が「私です」と小さく挙手する。「奥ゆかしい」と男の子たちが囃す。明るい笑い声が朝の教室に満つ。
○ 教室の窓から見える柿の実が色づいていることに初めて気づく。
○ 午後、清掃の時間が始まっても3年生の子ども5.6人がグラウンドで平然と遊んでいる。6年生の子どもが窓から呼んでも、なかなか来ようとしないので自分も注意する。放課後その子らを呼んで注意する。「清掃時間が始まったのに何故すぐに来ないのか」という私の問いに「遊びが面白かったから」との答え。何か少しゾッとし、げんこつをくれる。
○ 子どもが、親や教師に甘える姿は誰が見ても判然とするが、この逆は鋭い目で見詰めないと分からない。本人自身もそれに気づかずにいることが多い。だが、子どもを最も毒するのは、大人の側の子どもに対する甘さである。
○ 子どもが帰った夕方の教室で、柱時計の振り子の音をぼんやり聞いている。詩人のような言い方をするなら、目の前の机には36人の子どもがいる。そして昼間の彼ら以上に私に強く語りかけてくる。・・・・・・お前は今日あの子に何を与えたか。あの子には・・・この子には・・・・・。
  
当時は、授業時間の過密化にたいして文部省が、2、3校時の間に20分の「ゆとりの休憩時間」をとるように指導した頃であるが、今に比べればゆとりのあった時代であった。皮肉なことに、この「ゆとりの時間」が子どもや教師のゆとりを奪うことになるのだが、このことについては本ブログの2006.11.15に書いた通りである。
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【2007/02/24 10:38】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
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コメント

>何か少しゾッとし、げんこつをくれる

結局、げんこつを見舞ってくれた先生しか覚えていない。子どもながらげんこつの意味はよくわかっていたからか。

欧米だって昔は物差しで叩いていたはず。いつから体罰が消えたのか。意識的に冷静にげんこつしてくれる先生がいなくなったからか。

MWW
【2007/02/24 14:29】 URL | Dr. Waterman #ALIMRUfo[ 編集]
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