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鈴木大拙の「金剛経の禅」の4章に「三世心不可得」と題する文がある。これは、金剛経の第18節「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」について述べられた文章で、哲学の根本的な課題である時間について禅の見地から述べたものである。私には難解な文章であるが、20余年前から眺め続けた文章だ。過去心不可得、未来心不可得は当然と思うし現在心不可得も分からないでもない。だが、その先の過去、現在、未来に囚われない所に立つことが「絶対の現在」を生きることだ、というこの文の核心が釈然としない。いや、釈然としたと思うこともあったが、やっぱりよく分からない。
今のところ、私は、「時間を超越して時間に囚われない現在」とは、その時々の日常の行為に心を集中し成り切ることではないかと思っている。日常の行為に成り切るということは一瞬一瞬の積み重ねで初めて実現する。一瞬一瞬は選択と決断の連続である。そして、この選択と決断の舞台である「今」を生き切ることこそ「絶対の現在」を生きることであると思っている。
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【2006/11/22 16:59】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
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コメント
>「今」を生ききる
という表現にどきっとしました。なかなかアチコチに心を奪われ、大切な「今」に集中していないことも多い日々、もったいないことなのかもしれませんね。
ありがとうございます。
【2006/11/23 06:28】 URL | 水砂子 #EBUSheBA[ 編集]
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幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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