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<先刻、本HPへの寄稿文の内容確認のため、居谷の田辺雄司さんに電話をすると、「今日は寒いので朝からコタツでテレビを見ています」との挨拶だった。こちらもセーター着用でパソコンに向かっていますと挨拶をした。

「暑さ寒さも彼岸まで」とは子どもの頃からよく聞かされた言葉であるが、こうまで説得力をもってこの言葉が脳裏に甦る年もめずらしいだろう。二十日前後は真夏を想わせる暑さで我が家では扇風機が回っていた。それが、ほんの2、3日の間に、コタツの出番と相成るとは嘘のような話である。「陽気というもんは、ほんに、おっかねぇようなもんだのう」という言葉も子どもの頃から耳にしたものだが、まさにそのとおりであろう。

 さて、田辺さんの寄稿文の話にもどるが、「新田づくりと畔しめ・畔塗り」を読むと、昔の田堀りの苦労がいかばかりのものであったかが分かる。

 1年目に、田堀鍬で土をかいてモッコを使って土を運び田場所をつくり、畔形に土をに盛っておき冬の雪によって押し固める。そして、翌年は畔形に盛った土を40㎏もあるアゼシメで叩いてしめて畔をつくる。それから、新田の底面を鍬で耕し水を流し込んで、土を詰めた土俵を7、8人で引いて田の土を泥状にする。更に鍬で耕して、また、土俵を引きまわす。この作業を一日中続ける。せいぜい3~5アールの田であったが一枚の田堀りを終えるまでには7、8人で2年に渡り40日もかかったものだという。人手を頼らずに掘るとなると完成までには数年を要したものであろう。

 この寄稿文で田堀りの苦労を知ってからは、今まで見過ごしていた放棄田が目にとまるようになった。とくにススキの穂が出る今頃は遠目にもくっきりと田の跡が現れる。









荒らし田〔放棄田〕



 今は荒れ果てたこれだけの田を掘るに我々の祖先はどれだけの労力をかけたであろうか。ただ、ひたすらに、子々孫々の食の確保を願っての労働であったであろう。

 しかし、敗戦後の復興から高度成長期への時代の流れは農村の若い労働力を奪い去り、過疎化を進めた。

 村に残った少数の人々は条件のよい田を集めてほ場整備と機械化を進め頑張って耕作してきた。ちなみに現在の板畑集落4軒の米の生産量は高柳町全体の2割に達すると聞く。しかし、それも農業従事者の高齢化により限界に達している。石黒における農業従事者の平均年齢は67歳を超えている事実をふまえて考えるなら、早晩、石黒の農業は大きな壁に阻まれることになる。

 先日、上石黒のオオヌゲ地内を久しぶりに訪れてその変わり様に息を飲む思いであった。二年前の秋、今は亡き耕作者のSさんと畔で眺めた黄金色の美しい稲田は、繁茂した雑草で畔の見分けもつかないほどに姿を変えている。このままだと、あと2、3年でススキが繁茂し茫々たる原野に変わるであろう。

 もちろん、石黒の棚田のすべてがこの様な運命をたどるとは思わないが、定まった後継者のいない農家が多い現状では暗い光景が脳裏をよぎるのも仕方ない。

 しかし、一方、世界的な食料不足が現実のものとなり、食料を海外に依存する今までの国の政策は否応なく見直さねばならない時代に入っているようにも思われる。この現実が将来、農業政策の転換につながり、ひいては、石黒の休耕田や放棄田が生命を取り戻す時代が到来すると考えるのは楽観的な望みに過ぎないだろうか。/span>
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【2008/09/28 19:39】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
我々は、民族紛争、飢餓、テロ等で毎日のように大勢の人々が命を失っているこの現実をどう受け止めたらよいのであろうか。
それを個人の手には負えない国家、民族、政治、経済の問題として諦める前に、「もし変えようと思うなら、本当に変えようと思うなら、世界は変えられる」というジョンレノンの言葉の意味を、一人ひとりが真剣に考えるべき時代が到来したのではなかろうか。
【2008/09/26 20:29】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
ここに、自分が20代のころから眺めてきた一冊の本がある。

 「ギリシア・ラテン引用語辞典」。

 ここには、人生について人間が考えられるであろう大方の知恵が端的に記されている。
【2008/09/17 21:11】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
日経サイエンスという雑誌を書店で立ち読みする。現代科学の先端を多分野にわたり読みやすい文とレイアウトで紹介している。読んでいて人類史上かつてない新しい時代が到来するかのような一種の感動を受けた。

だが、冷静に考えてみれば、人類史上、どの時代にも人間は同様な大変革を繰り返して経験してきたということもできる。そして、その変革によって良くも悪くも人間性というものは変わっていないということも事実だろう。
【2008/09/17 15:56】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
戦う意志と勇気を持たない者が、どれほど兵法に精通しても優れた戦士とはなれない。

(人生について書かれた本をなんと多く読んできたのことか。・・・・・書棚の整理をしながら。)
【2008/09/16 20:15】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
正信偈の中に「万善の自力、勤修を貶す、円満の徳号、専称を勤む」という一節がある。「多くの善を積み、自力の修行を積んでも無駄である。だから、仏の御名を只ひたすらに唱えよ」という意味だと解釈している。毎朝、読経していてこの行が気にかかって仕方がなかった。だが、最近何か見えてきたようにも思う。
 つまりそれは神(大いなる汝)との関係の中に生きるということが、真の信仰であるとすると、大いなる汝との出会いに向けて一歩を踏み出すことにすべてがある。しかし、神を求めていくら厳しい修行や学問を積んでも神を一種の経験の対象として探求することは無駄だという意味だと思う。もともと我々は大いなる汝(神)と常に向き合っているのであり、肝要なことは、「祈り、語りかける」(汝と我の関係の中に生きる)という決断と行動であるという意味ではなかろうか。私は「横超」という言葉の意味もそのことではあると信じている。
 自分が青年の頃から眺めてきたマルティン・ブーバーの著書の一節に「神はそれ自体明らかにされるべきものである。神以外のいかなるものからも推論されるべきものではない。神とはまさに、直接、身近に、そして最も永続的にわれわれと向き合う現存であり、ただ語りかけられるだけで論述され得ない存在なのである」とある。
 「南無阿弥陀仏」と唱えることは大いなる汝に語りかけ、その言葉の内にあって、大いなる汝の眼前を生きることである。
 「祈りは時間のうちにはない、時間こそ祈りのうちにある」、これもブーバーの言葉である。
【2008/09/09 16:30】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
故郷の古文書を調べていると300年まえ(元禄)の文書で出会うことがしばしばある。長帳の使われていない頁を開くとまるで新品の紙のようだ。そればかりではない、かすか見える植物の繊維の織りなす絶妙な紋様に心が引き込まれるように感じる。
 たまたま昨夜、国史大事典の和紙を担当された柳橋眞さんが編纂余話に書いておられる次の文を深い共感をもって読んだ。「・・・『枕草子』の清少納言は、生きるのが厭になった時に、ただ白いだけの陸奥紙を手にすると生きる励ましを感じると書いている。和紙の美しさが感覚や趣味にとどまるのではなく、他の芸術と同様に心に訴えるものであることを早くも指摘している」
【2008/09/07 05:33】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
我々にとって肉体の成長は好ましいもの、老化は好ましくないものと考えがちであるが、もともと成長も老化も明らかに一つのものである。それを肉体の「変化」」と捉えるなら納得できるはずであるがなかなかそれが出来ない。だが、神様はうまい案配に人間をつられた。我々は己の精神の方は肉体とは異なり、成長の一途をたどるような気持ちでいる。大分物忘れが高じてきても人生万事に対する判断力の方は日々進歩して止まないと信じている。
【2008/09/05 19:30】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
昭和の初め、中国戦線の拡大にともない馬の徴用は、農家で飼われていた農耕馬が主体となった。石黒からも数頭の馬が徴用されたと聞く。
 当時、農耕馬は家族の一員として大切に飼われていたので、馬の徴用令が来ると、家族は、父や兄弟に招集令状が来たと同じような気持ちになったものであるという。
 太平洋戦争に、全国の農家から徴用された馬の数は300万頭をはるかに超えるといわれている。徴用された馬は、貨車や輸送船の船底に多数押し込められて運ばれたのであろう。
 斎藤茂吉編の『支那事変恋歌集」に軍馬を歌った2首がある。その一首「船底の 馬房に馬の 足踏む音 鉄板1枚 へだててきこゆ」からは、水や餌をもとめて前足で船底を掻く馬の様子がしのばれる。
 軍馬は、戦場では「活兵器」つまり生きた武器と呼ばれ大切に扱われたといわれるが、悪路を車をひかされ、鞍には百キロを超える荷をつけて運んだ。そして、ある馬は銃弾に倒れ、ある馬は怪我や病気で死んだ。またある馬は輸送中に海の藻屑と化し、ある馬は餌のない南島に置き去りにされた。昭和20年8月の敗戦の後、帰還した馬は一頭だにいなかったのである。
「足をくじき 山に棄てられし 日本軍馬 兵を懐かしみ 歩み寄り来る」、この短歌も、棄てられて人を恋しがって寄ってくる馬の哀れさが感じられ胸を打つ。

 童話作家の茶木滋さん(メダカの学校の作詞者)の本に「馬」という題の詩がある。
「馬はだまって 戦に行った 馬はだまって 大砲を引いた 馬はたおれた お国のために それでも起きようと 足うごかした・・・・・馬は夢見た 田舎のことを 田んぼたがやす 夢見て死んだ」 
【2008/09/04 12:33】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
弥陀仏であれイエスキリストであれ、我々が神を信じるということは、ひとつの大いなる汝(精神)と向き合い関係を結ぶところに深い意味がある。現代人はあまりにも個に囚われてしまっている。真の人間精神は他と精神と真摯に向き合った時にはじめて発動する。
【2008/09/01 06:17】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
自分の言葉で哲学しよう!


幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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