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 やせ形の人間は肉がつくと、いかに馬力が出るだろうと思うが、贅肉がついたのでは負荷がかかり馬力は落ちるばかりである。
 人生哲学も同様で、贅肉ばかりつくような思索や読書をしていたのでは、いよいよ無明の奥に迷い込んでしまう。
 昔から言い伝えられた修行というものは精神の贅肉ではなく筋肉をつけ筋力を高めることを目指した業のことであろうか。
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【2008/01/19 11:47】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
五十数年間も自分なりに人生について考え続けてきたが、自分という人間がそれによって高まったとは少しも思わない。畢竟、人生は如何に生きるべきか、などということをいくら考えたとて、ただそれだけのことである。それは一つの遊びや趣味のようなもに過ぎない。
人生も残り少なくなった今、自分はせめて人生の行儀作法だけは身につけてから死にたいものと思っている。
【2008/01/17 08:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
学ぶ(人生について)ということが、どういう事であるか、この歳になってようやく明確になってきた。
我々は、学ぶ対象、師(人や書物)について、とやかく言うが、実は学ぶということのほとんどは此方側(自分自身)の問題であるのだ。
翻って考えるなら、教えるということが、どういうことかも自ずと明確になる。
【2008/01/12 04:46】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
古来、人は不老長寿は願っても、不老不死は願いはしなかったであろう。まさに人生は終わりがあってこそ生きるに値するものであるからだ。
【2008/01/11 04:19】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
永平寺78世貫首宮崎奕保さんの死去がテレビで報じられ、生前のテレビインタビューの録画が流された。その中で貫首は「褒められても、褒められんでも、やるべきことをして、黙って去っていく、それが実行であり、教えであり、真理だ」と述べておられる。正に人生哲学を締めくくるような言葉である。
【2008/01/06 16:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
自分の言葉で哲学しよう!


幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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