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昨夜から今日終日、一昨日撮影した古文書の整理。たった今、CDに落とし今回の分の整理は終わった。フォルダ数96、ファイル数331。今日まとめたのは全体の半分で、明日は又、集落に出かけて残りを撮影する予定。はて、明日終わるかどうか。
それにしても、古文書を読むのは難しく手間取るが、何故か癒されるようなところがある。何か、今は亡き親しい人々に出会ったような満たされた気分になる。
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【2007/02/28 19:49】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
一昨日の新潟日報の読書欄に柳澤桂子著「いのちのことば」の書評が載っていた。その中に「人間は宇宙の塵、一つの粒子、自分も粒子、粒子は変化し、ある時は自分に。ある時、自分は粒子へと変化する。生じたということも、無くなるということもない」という一節がある。
なんと深遠な悟りの境地から発せられた言葉であろうか。
【2007/02/27 15:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
今日も日本晴れ。朝から黒姫山中腹にある集落の公民館で終日、古文書の撮影と整理をした。古文書といっても、今日見たものは明治時代のものが主であった。読んだ古文書で、特に興味をもったのは、全戸曹洞宗のこの村に天理教が入った事による騒動についての文書である。「差入申一札之事」「右自分義心得違ニテ天理教ニ加名し各最寄人民一同エ不都合相掛実ニ申訳無之・・・」という文書もある。結局、集落は天理教信者を村八分扱いにしたこともあった。信者は気の毒であった。
しかし、村としても〔明治34年〕突如として布教師がやって来て熱心に教えを説き、次々と宗旨替えをする家が出たのだから、さぞかし騒ぎとなったことであろう。全戸が先祖代々曹洞宗宗門として団結して生きてきた村人にとって重大事件であったに違いない。
そんな当時の村の人々のやりきれない気持ちが一枚一枚の古文書を通して伝わってくるような気がする。
公民館の二階の窓の外に目を転ずると、妙高、信州黒姫、苗場、谷川の真っ白な山並みが午後の日射しの中に美しく映えている。
村人たちは、その昔から、喜びにつけ悲しみにつけ、心の奥底で遠く美しきこの山々に語りかけながら厳しい人生を生き抜いて来たのであろう。
20070226.jpg

【2007/02/26 20:33】 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(0)
テレビなどで政治家の話を聞いていて気になるのは、やたら横文字の言葉が多いことだ。その言葉の大半は意味がよく分からないというのは自分ばかりではあるまい。とすると、一体彼らは誰に向かってものを言っているのか、と言いたくなる。彼らを代表に選んだ人々、つまり一般の国民に向かって話しているはずである。であれば、国民の平均的な理解力で十分に分かるような話し方をするのが当然のことだ。もちろん、横文字を使ってはならないとは言わないが、ちゃんと日本語に変えて説明するくらいの配慮をしてほしい。大体、日本の国の政策の名前に外国語を使うなど、どだいおかしな事なのではないか。もし、それにふさわしい言葉がなければそれを現すにふさわしい日本語を造るべきであろう。
【2007/02/25 11:09】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
最近のブログに教育現場を伝えるものが多い。その多くは小中学校の教員のものだ。こういうものを見ると懐かしい気がしてつい見入ってしまう。今朝もそうしたブログの一つを読んで投稿までした。その時、久しぶりに本棚の奥から取り出した昔の「指導ノート」に読みいってしまった。1972.10.6〔金〕曇り の日付から35年ほど前自分が35歳のころのものだ。

○ 朝、教室の二つの花瓶に美しいコスモスの花が生けてある。「誰が持ってきてくれたの」とたずねたが返答なし。重ねてたずねると、近藤和子という子が「私です」と小さく挙手する。「奥ゆかしい」と男の子たちが囃す。明るい笑い声が朝の教室に満つ。
○ 教室の窓から見える柿の実が色づいていることに初めて気づく。
○ 午後、清掃の時間が始まっても3年生の子ども5.6人がグラウンドで平然と遊んでいる。6年生の子どもが窓から呼んでも、なかなか来ようとしないので自分も注意する。放課後その子らを呼んで注意する。「清掃時間が始まったのに何故すぐに来ないのか」という私の問いに「遊びが面白かったから」との答え。何か少しゾッとし、げんこつをくれる。
○ 子どもが、親や教師に甘える姿は誰が見ても判然とするが、この逆は鋭い目で見詰めないと分からない。本人自身もそれに気づかずにいることが多い。だが、子どもを最も毒するのは、大人の側の子どもに対する甘さである。
○ 子どもが帰った夕方の教室で、柱時計の振り子の音をぼんやり聞いている。詩人のような言い方をするなら、目の前の机には36人の子どもがいる。そして昼間の彼ら以上に私に強く語りかけてくる。・・・・・・お前は今日あの子に何を与えたか。あの子には・・・この子には・・・・・。
  
当時は、授業時間の過密化にたいして文部省が、2、3校時の間に20分の「ゆとりの休憩時間」をとるように指導した頃であるが、今に比べればゆとりのあった時代であった。皮肉なことに、この「ゆとりの時間」が子どもや教師のゆとりを奪うことになるのだが、このことについては本ブログの2006.11.15に書いた通りである。
【2007/02/24 10:38】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
今日は昆虫の蛾について詳しいO氏を招いて指導を受けた。我が故郷で撮った蛾の写真を見てもらってHPに載せるためだ。蛾はチョウに比べて一般に親しみの薄い昆虫である。どちらかというと気味悪く思っている人が多いくらいだ。そんな昆虫の総てをHPに載せてどのような意義があるのかといぶかる人もあるが、私は、「故郷の動植物」とタイトルを決めたからには、人間には、美しいギフチョウも薄気味悪い蛾、シマカラスヨトウも、故郷の生き物に変わりはないと信じているからだ。野草にしても、美しい花を咲かせるシラネアオイも、畑の強害草のメヒシバも自分と同郷の生き物である。自分としては、今まで見過ごしていた小さな草や昆虫などは特に取り上げたいという気持ちがある。
人間は、公平とか平等とか中正とか、きれいごとを並べたがるが、宇宙船地球号の他の生物に対する見方、接し方が如何なるものか、真摯に考えてみることもたまにはよいことだと思う。
【2007/02/23 17:48】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
「この日この刻、よく生きなむと、ねんずなり、いつとは知らず、よく死なむため」
今日の新潟日報抄に載っていた社会学者,故鶴見和子さんの和歌である。
【2007/02/22 19:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
昨日の新潟日報のトップ記事「過疎2600集落消滅の恐れ」を読んだ。国土省の調査によるものだが、過去7年間に消滅した集落は191集落に及び、今後7年後の消滅予測は今回を上回ると予想だという。我が故郷などは次回の調査まで果たして持ちこたえることができるであろうか。故郷が集落として消滅する寂しさ、悲しさは当事者とならないと分からないものであろう。
この機会に過疎と過疎対策の沿革について調べてみることにした。
過疎の始まりは昭和30年頃からの高度成長にともなう若者の都市部への流出にあった。これに対して国は昭和45年に10年の時限立法による対策を講じた。これが「過疎地域対策緊急措置法」であり、このときに高柳町は全国過疎地域振興指定地となった。これを受けて町は過疎地域振興計画の一環として「集落移転計画」を策定した。これは町内の極小集落〔20戸以下〕に離村を促すものであった。このとき我が故郷の集落の一つもその対象となった。その集落の住民T氏は当時を振り返り概略つぎのように話してくれた。
集団移転計画は高柳町で4集落が該当となったが、役場の方からの説明はつぎのようなものであった。このままであると過疎が更に進み自治体としての集落は成り立たなくなるので町の中心にアパート式の住宅を用意するので2年以内に全戸が移転してほしい。どうしても、故郷の集落で農業をしたい人はバスで夏場は通って耕作してもよいという一方的なものであった。しかし、住民にとっては事は、それほど単純な事ではない。先祖代々継承してきた田畑と家を捨て生まれ育った故郷を離れることは人生の重大事である。何度も村の代表が町当局に村人の住民の気持ちを伝えに役場に通ったが埒はあかなかった。町ではあくまでも一村の全員の離村を要求してきたという。次第に村人にも社会の流れには逆らいきれないという諦めの気持ちがつのって、櫛の歯が欠けるように一軒また一軒と関東方面で働く子どものもとや柏崎市に移住する家が出始めた。そのころの気持ちをT氏は「村での話題はもっぱら離村の話しで、まったくやりきれない気持ちであった。農作業の意欲も低下し何とも言い難い腹立たしくつらい時期であった」と述懐する。結局は集落の半分の家が離村し残った戸数は9軒となった。そして集落は存続し今日にいたっている。それに比べ他の3集落は全戸が離村し廃村となったが、町が用意したアパートに入った人はそのごく一部に留まり、ほとんどは柏崎市や関東方面に転居した。「過疎地域振興計画」で町は昭和45~54年に国県負担率75%の事業費35億円余を得て交通体系や教育文化施設の整備などの過疎対策事業を行ったにもかかわらず、結果的には数十戸、百数十にのぼる人々を町から追い出す結果となってしまったのであった。
昭和50年代にはいると人口の減少率自体は下げ止まったが人口が著しく減少したため地域社会や生産機能の低下が問題となった。そこで昭和55年に「過疎地域振興特別措置法」が制定された。
平成2年には「過疎地域活性化特別措置法」が制定され、地域の人口の高齢化にともなう地域の活力の低下対策として住民福祉の向上、雇用の増大を図り地域格差の是正を目指した。
さらに、平成12年から10年計画で、先の課題にくわえ、豊かな自然環境に恵まれた21世紀にふさわしい生活空間としての地域社会の構築をめざした「過疎地域自立促進特別措置法」を制定して今日に至っている。その間、米の生産調整〔減反〕の導入により、地方の水田は全国津々浦々で急速に原野に還っていった。
現在、我が故郷では高齢化は極限まで進んで、かつて280もあった戸数は50戸を割り、平均年齢も70歳に迫っている。近頃、国はこういう集落を「限界集落」と呼ぶことにしたそうな。
ところで、豊かな自然環境に恵まれた生活空間という視点からみたら我が故郷はどうかといえば、田畑は荒れ里山と人里との境も定かでなくなり、原野が集落内まで入りこんでいる。現在かろうじて耕作されている棚田も後数年で大半は放棄田となるのではないかと危惧される。そして、保水力を失った山は洪水を引き起こし、都市部への影響も免れないことになるであろう。我が故郷のような限界集落は全国に7873もあるといわれる。
さて、現在の政府の国家ビジョンである「美しい国」とはどのような国であろうか。また「愛国心」とはどのような心であろうか。「国を愛す」「国を守る」とは、具体的にどのようなことなのであろうか。
今こそ、我々国民一人一人が自らの課題として考えてみる時ではなかろうか。
下写真は現在の集落の景観2007.2.20撮影

20070220a.jpg

【2007/02/21 18:07】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
残雪の様子はまるで4月下旬の光景だ。これで、カタクリの花がありウグイスの声が聞こえれば、まさに春たけなわという陽気である。今日は、隣部落までブナ林を歩いた。道端にはフキノトウがのぞいている。「去年の今頃は3m以上雪があったいね」と宣わく、隣村の村道で出会った我が同級生の足下を見れば履き物はビーチサンダルである。まさに百数十年に一度の異常気象なのであろう。帰り道は獣の写真が撮れればとカンジキをかけて山の尾根を通って帰ったがノウサギ一匹見かけることはなかった。ただ、足跡だけは、いたる所に見られた。夜行性の彼らは今頃、巣穴でぐっすりと昼寝を決め込んでいるのであろう。だが、彼らの夕べの行動は昨日の新雪の上にくっきりと残っている。暗闇に隠れて行動したつもりであろうが、昼間になれば一目瞭然である。人の行いも審判の朝が来て日が昇るとき、このように明らかになる、とキリスト教徒のような想いを楽しんだ。20070220.jpg

【2007/02/20 20:22】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
HP作成のために、昨日から故郷の地質について少し調べた。調べると言っても地学については基礎的な知識もない自分には用語からして分からないものも多い。それにしても、こうして、ちょっと覗いて見ても実にスケールが大きい学問だ。
我が故郷の下位層である石黒層は1000万年ほど前に誕生したという。だが地球誕生の46億年前に比べたらつい最近できたということになろうか。それにしても、確かに大地も生きているのであって、今、山小屋の二階から眺めている城山も刻々とその姿を変えているのだ。今にして自分は漸くその実感が持てるようになった。
そして、子どもの頃に城山の山頂で玉砂利の地層が露出しているのを見て不思議に思ったことを70歳になって謎解きをしたような気がしている。春になったら動植物ばかりではなく、生きた大地とじっくりと対話がしたいものだ。
〔写真 城山山頂付近の地層〕
20070218.jpg

【2007/02/19 17:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
「ちょっとしたことで、喜んで調子に乗る奴は、ちょっとしたことで悲しんで落胆してしまう」
このような言葉がシェックスピアの戯曲かゲーテのファウストにあったように記憶する。もともと、人間の感情の変化にはめまぐるしいものがあるといえるが、その落差があまりにも大きいことはほめたことではないだろう。それでは「いま泣いていたカラスがもう笑っている」とからかわれる子ども同然と言われても仕方がない。一人前の人間が、ちょっとしたことで喜ぶことは大いによろしいが、ちょっとしたことでは落胆するのは見苦しいものだ。
【2007/02/18 17:05】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
長生きの人間を羨むことはない。50年生きた人間にも100年生きた人間にも、すでに生きた過去の年月というものは、少しの相違もないのだから。
【2007/02/17 16:58】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
半年ほど前から、起床時の手足のしびれと文字を書くときに右手が痛いので整形外科で受診して今帰ったところだ。レントゲンの結果、頸椎の上から4と5の椎間板が半分くらい狭くなって骨も盛り上がっていることが分かった。
その予診の際に握力検査があった。右手が47、左手が48だった。自分は55以上あった10年前に比べて握力が低下したことに驚いたが、看護士は数値が高いことに驚いて、不審に思ったか再度計測させた。
自分は己の体力が衰えたことに驚き、看護士は年老いた容貌の割に握力があるのに驚いたのであろう。

自分の姿が他人の目にどのように映っているのかは、知りたくもないし、知っていないのが私を含めて多くの人の実際であろう。それはそれでよいのだと思う。
【2007/02/16 17:58】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
昨夕からの強風が今日も一日つづいた。今朝からの雪嵐は県内で一時風速30mを越えたことを気象庁が報じている。

昨日、裏の林でキズタの実をついばんでいた鳥たちは、こんな日はどこでどのように過ごしているのであろうかとふと想った。

確かに、ヒトは道具を発明してものを創り出す技術を身につけ嵐の日も家の中で快適な暮らしができる環境を自らつくりだした。そして、ひたすら技術革新につとめ、遂に今日のような生活環境にまで達した。だが、その結果、この地球上で自分たちヒトはヒヨドリやキツネとは全く異なる存在地位にあるというような気持ちになってしまったのではなかろうか。
【2007/02/15 19:17】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
昨日の晴天が一転して今朝は冷たい雨となった。今夜は風が強まり明日には吹雪となるという。気象庁はこの風を今年の春一番と報じている。

さきほどから、雨の中、裏の林のキズタに野鳥が来て盛んに実をついばんでいる。
自然の営みには計り知れない配慮を想像せずにはおられない。なぜなら、すでにツルウメモドキの実などは食べ尽くされて今ではほとんど見かけないこの時期、2年がかりで成熟するキヅタの果実は野鳥にとって非常食のようなものであるからだ。昨年に比べて木の実の結実が少なかった今年は、暖冬少雪とはいえすでに小鳥たちの餌となる木の実は食べ尽くされたのであろう。
【2007/02/14 16:19】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
今日も晴天である。こんな日は家に閉じこもっていることはできない。裏山から隣の集落に続くブナ林を歩いた。早春の日射しの中にブナの幹が青空に向けて枝を広げている。ブナの幹によりかかってぼんやりと日を浴びていると、ここで遊んだ子どもの頃の自分がよみがえる。
ふと、アメリカの絵本作家モーリス・センダックの言葉を思い出した。「大人は子どもの延長線上にあるのではなく、一人一人の子どもは何処かほかの場所に引っ越していて、いつでも生彩を放って生きている」
20070213.jpg

【2007/02/13 17:53】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
他人を教え導かんという思い上がった気持ちが言葉の端々に見え隠れするとき、聴く人はその人を人格の程度を見抜いてしまう。
【2007/02/12 18:56】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
先刻、「千の風になって」の音楽をダウンロードすることを一人の村人に頼まれた。音楽CDの販売店などない山の中では、こんな時にインターネットは威力を発揮する。すぐにCDに落として差し上げた。その人は大晦日に、この歌を聞いてとても感動したのだと言って喜んで持って帰った。自分も聴いてみた。そして聴いている途中で、はっと気がついた。依頼された方が、20年ほど前に高校生だった娘さんを亡くされていたことに。

まさに、我々は、今は亡き親しい人たちの眼差しの中に生きているのではなかろうか。

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹き渡っています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹き渡っています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹き渡っています

あの大きな空を
吹き渡っています

追記
朝日新聞の3.11の歌壇に「千の風になつていますか、ここに居る今のわたくしがみえますか、あなた」という津市の中村多美子という方の短歌が載っている。

〔写真2006.5.3〕

20070212.jpg

【2007/02/12 17:46】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
人間の想像力は優れたものだ。小説などの物語も優れた想像力の産物である。
ときに、今、地球上でサルの一種が進化して、様々な能力と技術を身につけていく物語を想像してみよう。

・・・・・・サルたちは、脳の進化により、道具をつくる技術を高めていく。特に、ボスを中心とした集団同士の縄張り争いに使う武器開発競争にうつつを抜かす。さらに武器開発の過程で発明された技術を使って新しい道具をつくり商売をして集団同士で富の奪い合いをする。その結果、ある集団のサルは餌が無くて一日何万匹も餓死し、ある集団のサルは食べ過ぎと運動不足で病気になる。その病気を治療するために医学的な分野も進歩する。サルたちは技術開発に酔いしれて、ついには自らの脳もいじり始め。兵隊サルの脳神経の一部を切除し恐怖を感じないサルにして戦場に送り込む。ついには、悲しみを感じない脳手術をするサルも出現するばかりか、富めるサルが貧しいサルの脳や臓器を富の力で奪って自分に移植するものも現れる・・・・・・・。

この「サルの物語」を人間に聞かせたなら、人間はどういう感想をもつであろうか。「やはりサルは畢竟、畜生にすぎない」と喝破するだろうか。
【2007/02/11 20:02】 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(0)
人間に対する価値観は時代とともに変遷するものであろうが、どうも、腑抜けと呼びたいタイプの人間が多くなってきているのではないか。腑とはハラワタのことから、腑抜けとは、ハラワタを抜き取られた人間のことである。ハラワタを抜き取ると、どういう状態になるかというと、「腹がへってヘタヘタする」と言うくらいだから、容易に想像できよう。また、フガイナイという言葉も「腑甲斐無い」で、腑があっても甲斐がないということであろう。自分も、歳とともに体調がくずれがち、腑抜けの一歩手前の「腑甲斐無い」気分に落ち込むこともしばしばある。まあ、せいぜい、腹に、気と力を込めて仕事に精を出したいものだ。
【2007/02/10 19:56】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
朝は、無事で目覚めたことを喜び、夕方は、今日一日仕事ができたことに感謝しよう。そして夜は、明日も無事に一日仕事ができることを神に祈って眠りにつこう。老人がライフワークをもって仕事をするということは、このようなものだ。
【2007/02/09 18:01】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
故郷の動植物のHPを制作しているが、動物の意外な一面を知って驚くことがある。たとえば今日アップしたヒメギスというキリギリスの一種は、雑食で時にはニホンアマガエルを捕食するという。その他、オオカマキリは時にはキクイタダキという野鳥をあの大きな狩り脚で捕まえて食べることがあるという。
【2007/02/08 19:27】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
歳とともに、人生を生きて行く上で最も頼りになるものがはっきりと見えて来る気がする。それは、体力でも知力でもなく、意力、つまり気力である。体力や知力は運動や学習によって強化できるが、意力の強化はそれに比べて難しいものかもしれない。だが、不可能というわけではないだろう。日常の一挙一動のなかで情念に流されず自由意志にもとづいて行動する実践を積み重ねることにより強化出来るのではないだろうか。気力は天性の部分もあろうが、子どもの頃からそのような行動規範を与えられた環境に育つか育たないかが、大いに影響しているのではなかろうか。
【2007/02/07 18:22】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
HP「故郷の動植物」を制作中、時々、動物の視界というものを考える。アリや、チョウ、トンボ、野鳥の視界、はては水生動物の視界など想像すると興味がつきない。
そんなおりに、たまたま、昨日、村から数㎞離れた黒姫山に上って、鳥瞰的な視野で、自分の村の場所を探し出すのに意外なほど手間取った。その原因を考え見るに、私の抱いている故郷の山河のイメージは、子もの頃からの日常生活の視界によって形成されたものであり絶対的なものとでも言いたいほど強力なものであることに気がついた。今までにも何度か異なる視界で村を見たことはある筈であるが、それは日常の故郷のイメージを少しも変えることはなかった。のみならず無意識のうちにその印象を否定するような心が働いてきたようにも想われる。私にとって、今、心に抱いている故郷の山河は単なる地形や風景を越えた大きな存在〔大いなる汝〕であることは確かである。
【2007/02/06 17:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
朝、山小屋をでて黒姫山中腹の嶽まで上った。村はずれからカンジキを履いて1時間半かかった。気分も眺望も最高であった。こういう充実感を得た時には、無理して感想など書かないに限る。2007.2.6.jpg

【2007/02/05 20:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
我がブログは「毎日一回、自分の言葉で哲学しょう」であるが、「毎日一回」が大事なところである。学者でない我々が人生について考えることはせいぜい一日一回、それも数分でよい。考え過ぎは心身に良くない。ましては、出ないウンコを力んで出そうとするようなことをしてはならない。しかし、哲学の心構えさえできているなら生活の折々の事柄に触れて、何か考えが浮かぶものだ。
【2007/02/04 17:52】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
今日も朝から晴天だ。夕方、裏のブナ林に入った。斜陽が、昨日降った雪のキャンバスに木々の影による淡青色の縞模様を描いている。こんなありふれた光景ではあるが、見ていると、子どもの頃からの己の心を形作ってきた自然の原風景の一つであることが分かる。じっと見ていると、その風景の向こうから、遠い日々の祖父母や父母のささやきが聞こえ、親しかった人々、愛おしかった人々のささやきが聞こえるようだ。その真っただ中で自分は今、確かに永遠というものを垣間見る思いがする。これは、感傷などというものではない。大いなる汝〔神〕と向き合った真に充実した現在の中にたとえ一時であろうとも自分が存在しているということである。
今日は晴れたが気温が低い。さて、小屋に入ってストーブを焚いて暖まろう。
20070202.jpg

【2007/02/03 19:32】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
哲学は、とりわけ思考のバランスを重視する学問だと思う。なぜなら、人間の思考力には限界があるからだ。言うまでもなく自然科学や数学にも限界がある。この現実をきっちりとふまえて人間のあるべき姿を探求するのが哲学というものであろう。とかくすると、自然科学や数学は「実なるもの」、哲学は「空なるもの」という感じを持ってしまうが、それは違う。科学であれ数学であれ、人間のやることには必ず限界があり、その意味ではすべてが「空なるもの」である。この認識〔バランス〕の上に立って、人間と人生について考えることが「哲学する」ということだと思う。
【2007/02/02 17:55】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
幸せがやって来ることを待っているな、今の生活の中に幸せを見いだせ。感謝する時を待っているな、今の生活の中に感謝すべきことを見いだせ。満足する時を待っているな、今の生活に満足を見いだせ。
我々はとかく、人生街道で、向こうからやって来るものに多くの期待をもつが、肝心なことは、こちらから進んで行く自分の意志にこそ期待すべきではなかろうか。
【2007/02/01 19:30】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
昨日、村のある家で、昔、使ったヒョロロ蓑を見せてもらった。「ヒョロロ」は我が故郷の方言名であって、この植物の和名は「ミヤマカンスゲ」である。ヒョロロは6~8月に山に行って採取して池にしばらく漬けてからよく水洗いして乾かした。そして、冬季にこれを材料として蓑を作った。ヒョロロ蓑は上下続いた蓑と、上蓑〔うわみの〕と腰蓑に分かれた二枚蓑もあった。後者の方が多かったように思う。
ヒョロロ蓑を馬鹿にしてはならない。作業用雨具としては現代の雨合羽に比べ数等優れている。冬は保温力があるため寒さを防ぎ、夏は体温を発散し暑さを防ぐ。ヒロロの葉は水をはじき濡れても軽い。その上、耐久性は何十年もある。また、昔の人々は採取にあたっては、株の中から大きなものだけ抜き取って保全に心がけた。家の周りに植えておく人もいた。
ところで、我々は、このような自然と共生していく知恵をいつから失ってしまったのであろうか・・・・。これを書いている今、NHKハイビジョンの「映像詩プラネット」で人口爆発と中国、インドの発展によって加速する自然破壊のすさまじさを放映している。今こそ、我々ヒトという生物の知恵が試されている時だ。hyororomino.jpg


【2007/02/01 12:40】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
自分の言葉で哲学しよう!


幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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