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老年期は、健康でさえあれば人生で最も豊かな時代である。なにより自由な時間に恵まれている。一つのテーマを決めて取り組むなら、それ相当の成果が期待できる。
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【2006/09/30 18:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
歳をとるにつれて、過ぎ去る年月の速さや残り少ない未来が気になるが、そのどちらも幻のようなもの。肝心なことは今日只今を充実して生きること、これしかない。このことは老若などに関係のない人生の真実だが、とくに老人には、この心構えが大切だ。
【2006/09/28 19:24】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
昨日の午後のしばしの晴れ間をみて、ブナ林にはいった。夕日の差し込む林床にトチバニンジンの実が目についた。思わず、「おまえは何と美しい色をいているか」と話しかけたくなるほどである。totibaninzin.jpg

【2006/09/28 14:12】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
あなたは他人と、どう向き合うか。また、身近な自然と、どう向き合うか。またまた、大宇宙と、どう向き合うか。つまり、汝として向き合うか、どうかを問いたい。
【2006/09/28 12:46】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
人間より高度の進化を遂げた生物からみれば、猿知恵も人知恵も大差ないはず。
【2006/09/28 04:06】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
テレビのニュースで、20年前に、学校警備員が女教師を殺し死体を隠し通し事件が時効となったことを報じている。犯人は未だぴんぴんしていているという。こんな埒のないことが自分の国でまかり通っていることに驚く。一部のメディアは取り上げてはいるがその場かぎりである。事と場合によっては、国民一人一人が、はっきりと意思表示をするのが主権在民の国家というもではなかろうか。我らブログの力がこうした許すことのできない事に断固とした力を発揮する時代は近いような気がするが・・・・あなたはどう思いますか。
【2006/09/27 21:44】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
明日のことを思い煩うより、今の幸せに感謝すること。
【2006/09/26 20:02】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
この国は、どこまで地方が衰退していくのであろうか。昨日、過疎の故郷を植物写真撮影のために訪れた。村はずれにオトコエシの花が咲いていた。見覚えのあるあたりの風景に気がついて、よくよく見ると、そこは自分が子どもの頃に毎日走り回って遊んだ道であった。すでに原野に帰ろうとしている。この原野の波は10年後には集落全体を飲み込むであろう。burogu.jpg

【2006/09/26 13:27】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
飲酒運転による自動車事故にる死亡事故が続出している。また、昨日は運転中に音楽カセットを操作したため運転を誤り園児2人をひき殺した。私は、このような死亡事故の罪が、痴情の果てに起こした殺人などに比べ、軽いということがどうしても納得がいかない。あえていうなら、前者の方が同情と酌量に値する。死ぬほど悩んだ末に自己制御力を失い殺人を犯すことに比べ、いいころ加減な気持ちで飲酒運転したり、自己の不注意による脇見運転のよつて、他人を死に至らしめることが罪が軽いなどということがあって良いものか。
【2006/09/26 06:12】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
我々は、ヒト科のヒトとしての認識能力の限界というものを悟ることができない限り、霊長類という尊称を返上すべきである。
【2006/09/25 21:20】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
我々は常に自然と向き合って生きている。青年期の春、続いて壮年期の夏、そして老年期の秋と、まさに、我々にとって、自然は単なる対象ではなく人格的な汝である。我々は意識しようがしまいが、この汝に語りかけ、汝から語りかけられて生きているのだ。
【2006/09/25 20:10】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
秋晴れの今日、カワトンボに出会いたくて故郷の渓流にでかけた。午後の3時には深い渓谷は早くも陽が落ちる。川辺でぼんやりと流水を眺めながら川音を聞いていると、川は、遠い子ども時代に自分に語りかけたように、今の私に話しかける。昔より川が饒舌になったようにも思われるのは歳のせいであろうか。
【2006/09/24 20:26】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
山道で美しいミヤマガマズミの実に出会った。春の花より秋の果実の方が美しい木や草は多いが、やはり春の花の方が見る者の心を躍らすのはなぜであろか。burogu1.jpg.jpg

【2006/09/22 23:11】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
己を買いかぶってはいけないが、蔑むよりは良い。
【2006/09/22 22:39】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
さわやかな秋晴れの昨日、写真撮影にでかけた。途中の山道で獣の糞に止まっているチョウを見かけた。チョウの中には、鳥や獣の糞に特殊な液体をかけて溶かして吸引するものが多いという。美しいチョウに対する我々の印象を損ねるような情報で、いささかがっかりと言いたくなる。しかし、よくわが身を振り返るなら、我々ヒト科の人類が言えた事ではあるまい。〔写真のチョウ→アカタテハ〕
buroguzyuuhun.jpg

【2006/09/22 13:37】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
まずは、今、この瞬間の自分を制することから始めよう。
【2006/09/20 10:17】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
靖国問題には、宗教界から、教育基本法改定には、教育界からほとんど発言が見られないというのは、一体どうしたことであろうか。
【2006/09/19 20:15】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
自民党の総裁選挙が明日行われるにあたり、メディアが「日本の国家ビジョンを」と演説に注文をつけている。確かにその通りであるが、今日、必要なものは、各国のビジョンの基となる人類社会のビジョンではあるまいか。国連憲章にあるような抽象的なものではなく、環境問題、南北問題、人口問題等について、もっと具体的な目標を掲げて、取り組むべき時ではなかろうか。
【2006/09/19 19:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
人生の黄昏時期にある老年は、夜のとばりが日々忍び寄り、ついに我が身を包む時の到来に恐れおののく。だが、たとえ、日没を避けて山を駆け上ったとて山頂に着けばそれまでである。できることなら、その日〔人生〕にやるべきことを黙々と果たしつつ眠りの夜を迎えたいものである。
【2006/09/19 15:19】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
思考によって自分を変えられると思った時代もあったが、今では、自分を変えることは至難の業であることに気づいた。もしも、変える方法があるとしたら、それは今日唯今の生き方を変えること、つまり、まず、この一瞬の生き方の選択の場において自己を越えることだ。
【2006/09/19 14:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
待っていた秋晴れの昨日、動植物の写真を撮りに山道を6時間ほど歩き回った。道端には、ススキ、ハギ、オトコエシ、ツリフネソウ、ミズヒキなどの花が咲き乱れていた。時々涼風が来るとヤマナラシが頭上でサワサワと音をたてた。特に珍しい動植物には出会わなかったが、小さな沼でイトトンボの大群に出会った。数千のイトトンボがサンカクイの周りで乱舞し交接している姿に見入っていると、なぜか遠い少年時代に誘い込まれるような気がした。buroguyou2.jpg

【2006/09/16 17:21】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
秋雨前線停滞でここしばらく陰鬱な日が続いたが、久しぶりに日差しが戻ってきた。私は今ほど、近くの山道を散策して帰ってきたところだ。道端には、ススキの花が咲き誇り、夕日を通して美しく見られた。陽差しというものがこのように自然を輝かせ、そして、それを見る人の心を輝かせることに改めて感動せずにはいられない。2006.9.14.18:00

【2006/09/15 06:01】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
老年期は一日の黄昏時である。真昼間時には目が眩む陽も、夕方となると自然と優しくなって、祈り、語りかけることができるようになる。
【2006/09/14 19:30】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
まさに、今が、その時である。
【2006/09/14 11:43】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
神は存在するか、と問われれば、あなたはどう返答しますか。私は、この歳になって、ようやく次のように答えることができるようになりました。「この地上に生まれてきたすべての人間が一度は、祈った〔語りかけた〕ことのあろう神が存在しないわけはない」と。
【2006/09/13 16:21】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
日本も10年ほど前から脳科学の推進のため大型プロジェクトを立ち上げて取り組んでいる。おそらく、脳機能の解明もそれほど遠くないであろう。だが、脳機能の解明によって人間の知性のメカニズムが明らかになっても、人間の精神まで解き明かされるわけではない。人間の精神の解明は、まったく別の次元の問題である。

【2006/09/13 09:03】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
現代人は原始人の思考を迷信に惑わされたものと断定し蔑視しているが、もし原始人が我々の思考を知ったら、論理実証主義に惑わされた貧しい思考と見下すであろう。
【2006/09/12 20:44】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
「青臭い」という言葉がある。さしずめ、我がブログなどは「青臭いブログ」ということになろう。だが、壮年になって、人生について考えたり語ったりする者を「青臭い」と言って侮蔑するのはいかがなものであろうか。それは、まるで、荷車に積まれた干し草が路傍の青々とした草を笑〔嗤〕うようなものだ。ところで、残暑もおさまり路傍にツリフネソウの美しい花が咲き出した。burogu20060912a.jpg

【2006/09/12 05:27】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
一昨日は36℃という猛烈な残暑、一日おいて今日は肌寒い一日。自然の急変には驚かせられる。とは言え、人間の気分の変化とて、これと似たり寄ったりのところか。
【2006/09/11 19:57】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
現代文化は一見繁栄を極めているかに想われるが、その実、もはやどうにもならない所まで行き詰まっているのではなかろうか。今こそ、政治、経済、哲学、宗教、教育等の考え方のベースとなる発想の転換が必要なように思われる。まさに、今から370年前、近代思想の礎となったデカルトの「方法序説」の現代版が望まれるところだ。だが、西洋古来の論理的思想そのものが今日では行き詰まっているのだから、それも期待できない。では、道〔方法〕はあるのか、と言われると全然分からない。しかし、言えることは、デカルトのような天才の出現を待つことではなく、我々、人類一人一人が自ら考え、実践することによって新しい世界へ向けて道を切り開くことができるということだ。それはほんとうに可能か、と問われれば確答はできないが、今日、環境問題に対して、世界の多数の人々が、宇宙船地球号乗組員としての自覚を持って行動を始めつつあることは誰もが否定できない事実であろう。また、ブログに代表されるWEV2の新潮流もこのような時代の波を進める原動力になるのではあるまいか。
【2006/09/11 15:55】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
自分の言葉で哲学しよう!


幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!

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