老年期は、健康でさえあれば人生で最も豊かな時代である。なにより自由な時間に恵まれている。一つのテーマを決めて取り組むなら、それ相当の成果が期待できる。
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歳をとるにつれて、過ぎ去る年月の速さや残り少ない未来が気になるが、そのどちらも幻のようなもの。肝心なことは今日只今を充実して生きること、これしかない。このことは老若などに関係のない人生の真実だが、とくに老人には、この心構えが大切だ。
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昨日の午後のしばしの晴れ間をみて、ブナ林にはいった。夕日の差し込む林床にトチバニンジンの実が目についた。思わず、「おまえは何と美しい色をいているか」と話しかけたくなるほどである。
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あなたは他人と、どう向き合うか。また、身近な自然と、どう向き合うか。またまた、大宇宙と、どう向き合うか。つまり、汝として向き合うか、どうかを問いたい。
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人間より高度の進化を遂げた生物からみれば、猿知恵も人知恵も大差ないはず。
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明日のことを思い煩うより、今の幸せに感謝すること。
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この国は、どこまで地方が衰退していくのであろうか。昨日、過疎の故郷を植物写真撮影のために訪れた。村はずれにオトコエシの花が咲いていた。見覚えのあるあたりの風景に気がついて、よくよく見ると、そこは自分が子どもの頃に毎日走り回って遊んだ道であった。すでに原野に帰ろうとしている。この原野の波は10年後には集落全体を飲み込むであろう。
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我々は、ヒト科のヒトとしての認識能力の限界というものを悟ることができない限り、霊長類という尊称を返上すべきである。
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我々は常に自然と向き合って生きている。青年期の春、続いて壮年期の夏、そして老年期の秋と、まさに、我々にとって、自然は単なる対象ではなく人格的な汝である。我々は意識しようがしまいが、この汝に語りかけ、汝から語りかけられて生きているのだ。
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秋晴れの今日、カワトンボに出会いたくて故郷の渓流にでかけた。午後の3時には深い渓谷は早くも陽が落ちる。川辺でぼんやりと流水を眺めながら川音を聞いていると、川は、遠い子ども時代に自分に語りかけたように、今の私に話しかける。昔より川が饒舌になったようにも思われるのは歳のせいであろうか。
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己を買いかぶってはいけないが、蔑むよりは良い。
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さわやかな秋晴れの昨日、写真撮影にでかけた。途中の山道で獣の糞に止まっているチョウを見かけた。チョウの中には、鳥や獣の糞に特殊な液体をかけて溶かして吸引するものが多いという。美しいチョウに対する我々の印象を損ねるような情報で、いささかがっかりと言いたくなる。しかし、よくわが身を振り返るなら、我々ヒト科の人類が言えた事ではあるまい。〔写真のチョウ→アカタテハ〕
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まずは、今、この瞬間の自分を制することから始めよう。
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靖国問題には、宗教界から、教育基本法改定には、教育界からほとんど発言が見られないというのは、一体どうしたことであろうか。
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自民党の総裁選挙が明日行われるにあたり、メディアが「日本の国家ビジョンを」と演説に注文をつけている。確かにその通りであるが、今日、必要なものは、各国のビジョンの基となる人類社会のビジョンではあるまいか。国連憲章にあるような抽象的なものではなく、環境問題、南北問題、人口問題等について、もっと具体的な目標を掲げて、取り組むべき時ではなかろうか。
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人生の黄昏時期にある老年は、夜のとばりが日々忍び寄り、ついに我が身を包む時の到来に恐れおののく。だが、たとえ、日没を避けて山を駆け上ったとて山頂に着けばそれまでである。できることなら、その日〔人生〕にやるべきことを黙々と果たしつつ眠りの夜を迎えたいものである。
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思考によって自分を変えられると思った時代もあったが、今では、自分を変えることは至難の業であることに気づいた。もしも、変える方法があるとしたら、それは今日唯今の生き方を変えること、つまり、まず、この一瞬の生き方の選択の場において自己を越えることだ。
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秋雨前線停滞でここしばらく陰鬱な日が続いたが、久しぶりに日差しが戻ってきた。私は今ほど、近くの山道を散策して帰ってきたところだ。道端には、ススキの花が咲き誇り、夕日を通して美しく見られた。陽差しというものがこのように自然を輝かせ、そして、それを見る人の心を輝かせることに改めて感動せずにはいられない。2006.9.14.18:00
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老年期は一日の黄昏時である。真昼間時には目が眩む陽も、夕方となると自然と優しくなって、祈り、語りかけることができるようになる。
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まさに、今が、その時である。
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神は存在するか、と問われれば、あなたはどう返答しますか。私は、この歳になって、ようやく次のように答えることができるようになりました。「この地上に生まれてきたすべての人間が一度は、祈った〔語りかけた〕ことのあろう神が存在しないわけはない」と。
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日本も10年ほど前から脳科学の推進のため大型プロジェクトを立ち上げて取り組んでいる。おそらく、脳機能の解明もそれほど遠くないであろう。だが、脳機能の解明によって人間の知性のメカニズムが明らかになっても、人間の精神まで解き明かされるわけではない。人間の精神の解明は、まったく別の次元の問題である。
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現代人は原始人の思考を迷信に惑わされたものと断定し蔑視しているが、もし原始人が我々の思考を知ったら、論理実証主義に惑わされた貧しい思考と見下すであろう。
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「青臭い」という言葉がある。さしずめ、我がブログなどは「青臭いブログ」ということになろう。だが、壮年になって、人生について考えたり語ったりする者を「青臭い」と言って侮蔑するのはいかがなものであろうか。それは、まるで、荷車に積まれた干し草が路傍の青々とした草を笑〔嗤〕うようなものだ。ところで、残暑もおさまり路傍にツリフネソウの美しい花が咲き出した。
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一昨日は36℃という猛烈な残暑、一日おいて今日は肌寒い一日。自然の急変には驚かせられる。とは言え、人間の気分の変化とて、これと似たり寄ったりのところか。
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2006.9.10 人間、安楽に死ぬことを安易に望んではならない。なぜなら、今日まで生きて来るために、数限りないほどの生命を犠牲にしてきたのだから。
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| 自分の言葉で哲学しよう! |
幼稚と言われてもいい、とにもかくにも、自分の言葉で考えて表現してみよう。人間について、自然について、人生について、毎日一回、素朴な哲学者になって、考えてみよう!
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Author:SimoYokote
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