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20080710 我が畏友によれば、「我々の日常生活は、常に、因縁にもとづく煩悩に覆い隠されているため、物事の真実がみえない」という。確かに、その通りであろう。だが、人間が今日の文明、文化を創り上げたものも煩悩あってのことだともいえる。このことから、人間の煩悩はあながち馬鹿にしたものではなかろう。そこから、我々凡人は希望と活力を得て生きているのだから。
私は、末期の、いわゆる仏顔に何度か立ち会ったが、その一切の煩悩から解放された人間の表情にいつも圧倒されると共に、もはや、これは人間ではない、(神であると)と思ったものだ。このような人間を完全に超えてしまった人(神)には、今日のような活力に満ちた世界を作り出すパワーはない。
とはいえ、我々がこのままの生き方でよいと言うわけでは決してない。我々は、我が畏友のように常に知恵の完成をめざして精進することが大切だ。そして、煩悩という漆黒の闇を知恵の稲妻が一瞬打ち払うとき、真実の世界を確と認識しながら生きていかなければならないと思う。

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【2008/07/10 18:38】 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(1)
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コメント
コメントありがとうございます。

 私もまったく同感です。
 私たちは煩悩があるからこそ、生活を充実させることもでき、希望と活力も湧いてくる、と思います。
 そのような生活の中で私たちは冷静沈着・謙虚に振舞う必要があると思います。

 また、私も身近な親族や知人の仏顔を拝謁する際には、「すべてを許すから、あなたたち仲良くしなさいよ」というようなメッセージを感じます。後々にも、思い出しますが、思い出す度に同じ気持ちになります。
 だから、法事は意味深いものがあると考えています。


【2008/07/11 04:27】 URL | zazen256 #-[ 編集]
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